経過開始から3日目。
荒くではあるが、立ち稽古をする。
予定通り、半分程やる。
明日、残りの半分を終わらせる予定。
半分やったが、動線や見え方などが大体把握出来た。
本番を行うホールでバミリをして稽古を行える贅沢さ。
そして、年齢層の広い役者陣に囲まれるのは、これまでとはひと味も二味も違う感触である。
切れ者の演出助手が隣に座っているのもまた、楽しくて。
旧知の仲、初タッグを組む人、そういった人が集まって、稽古の最初の段階でバラバラな色が放出し合ってるのが好き。また、そういうことに前向きに刺激し合えることを祈る。
とはいえ、これから、このバラバラの集合体は、単一の方向性探しに向けて
血のにじむような試行錯誤を繰り返すことになるだろうと思う。
それこそが稽古の醍醐味だが、試行錯誤はそのセンスと何のためにその繰り返し試みるか
というポイントが分かってないと行けないので、今回はそこに注意したい。
ここ数年のテーマは、練り直しによる「粘り」が物を言う作品作り。
これは骨が折れる。
だから、楽しい。
去年、粘って粘って作った作品から得たものはもの凄く大きかった。
今回は、「粘り」の精神だけ引き継いで、質の違う「粘り」を目指したい。
あとは、どのような「粘りがい」を自分に問うかである。
作品の内容。
その出来上がりの成功イメージ。
加味する要素はたくさん。
毎度のことだが、完成品はどのようなものになるのだろうか。
そういった未知へのドキドキさは、何年も前のドキドキさと形を変えている気がする。
一体どうなっていくんだろうという漠然とした(まるで他人が作り上げるような)感じから、どうやって乗り越えて行ってやろうか、という責任感とまではいかないが、自分が作り上げる者としての
手腕を自分に問うような感じ?うまく言えないが…。
今日の稽古はドキドキした。
大体、稽古の最初の方は「これはどうして行くべきかなぁ」って感じを楽しむんだけど、
今回は、おっ、これはもっとどうやろうかって感じに溢れてて、
荒稽古とはいえ、揉みがいを感じました。
井戸の底に落ちたようなもがきを繰り返した執筆期間を振りかえるのがバカらしくなるくらい、
立体化する作業ってこんなに楽しかったのか。
と、まだ困難期に一回も突入していないこの時期に感じていること
記しておこうと思います。
忘れっぽいから、反省も書いとこう。
荒立ち稽古だから、いろいろ試していいって言いながら、
結局イメージ伝えと称し、動きなんか指定しがちになったこと。
これじゃ、役者も試せないわ。
こんな風に言うこととやることが途中で変わる気分屋な性格もどうにかしたい。
今日は以上。
多分、面白くなる予感、この作品。