ハンドボール
夏が近づくと、高校の頃にヒーヒー言いながら、部活に励んでいたことを思い出す。

運動量、発汗量ともに半端なくて、食べても食べても追っ付かずに痩せるという素敵な時期は、あの頃からそういえば一度も訪れていない。

暑い夏を死にそうになりながら乗り越えると、必ず秋に成長を実感できたものだ。
僕は、高校でもともとハンドボールなんかやる気は無かった。
最初、ゴルフ部に入りたかったくらいだから、本当に眼中になかったんだと思う。
中学の時も一応、ハンドボール部ではあったが、弱小で、ただボール遊びに興じていたくらいのレベルだったし、そんなに取り憑かれる程、好きなスポーツではなかった気がする。

中学三年の時に、今となっては我が母校の九州学院から「ハンドボール推薦」の話がある、ということを伝えられたが、「なんで俺に?」「そんなに続ける意志もないな」ということで、今思うと不思議な程簡単に、その誘いを蹴った気がする。
たまたま、その時に部活の顧問だった九州学院卒の若い先生にえらく勧められたが、
公立高校へ行くことを決めていたから、あんまり魅力的ではないと冷淡な態度で受け流した記憶がある。それに九州学院が欲しかったのは、僕より、当時のエースH君だったのだから。

それで、気がつくと公立高校に落ちた僕は、九州学院に入学していた。
この学校から来たハンド推薦の話もすっかり忘れていた。
あれは、身体測定の時だったが、九州学院ハンドボール部顧問の元杉先生が、フラフラッと体重計の前に並んでいる僕の所へ来て、「お前、これに名前書け」と、仮入部の紙を渡してきた。
一度、中学の中体連の前に練習試合で九州学院には出向いたことがあったので、
この先生の顔は、なんとなく覚えていて「あ、ハンド部の先生だ」という感じだった。

今振り返れば、
ハンド部での推薦入学の話を持ちかけてきたのは、この先生だったのだろうし、
僕が、何食わぬ顔で、入学しても一度もハンドボール部に顔を出さなかったことは不可解だったのかもしれない。ちょっと、怒っていたのかも…。
それで、多分、先生としては、本入部させようとやって来て、「名前を書け」と言ったのだろう。
一方、僕は、まだ良く分かっていなかった。
「ハンドボールを経験してるって、なんかのリストで見かけて仮入部させようという魂胆だな、残念だが、今の俺はゴルフに興味がある」こんな風であった。
なぜか、当時の僕の周りは、親も含めてハンドボールの道に進めたがっていた。
ぼくは、そんなにハンドボールはやる気が無かった。とはいえ、僕のゴルフ部入部には、真剣な動機が無かったので、そんなこんなで親の猛反対に遭う。

母親が俺をハンド部に入れたかったのには、もう一つ理由がある。
どういう巡り合わせか、うちの母親の無二の大親友の息子(同級生)がハンドボールで同校に推薦入学していたのだった!幼少期によく遊んでいて、知っていたヤツだったので、ちょっと驚いた。
母親としては、きっと一緒にプレーさせたかったのだろう。
強烈なハンドボール部入部へのプッシュの裏側には、そういう親心も働いていたに違いない。
現在二児の父になった僕には、当時の母の心情がよく分かる。

親の説得、顧問の強引な仮入部。
とにかく、面倒だなとは思いつつ、仮入部には、行ってみた。
が、「さすが、高校生だな、投げる球のスピードが半端無く早いな」くらいのとりわけ
そんなに感動のない、仮入部に終わる。
だが、どういう訳か、その日以来、毎日、部室に通うようになる。
ハンドボール部が好きというよりも、毎日朝、教室に行く前に部室に寄るという行為が好きだったからだ。クラスメイト以外とだべる時間から一日がスタートできるこのコミュニティが好きだった。
もうちょっとしたら辞めても良いかな、と思っていたハンドボール部。
しかし、高校のインターハイ予選は、6月という比較的入学してすぐに訪れる。
ついに、その予選で、僕はついに取り憑かれていってしまう。

何気なく一緒に練習していたこの3年生達は、とにかく強くて、あっと言う間に予選を勝ち進んで行った。
中学時代に弱小チームだった僕は、ほとんど勝ち星なんてあげたことのない感じだったし、
なので、九州学院ハンド部のこの躍進ぶりに、どうしようもない感動と興奮を隠せなかった。
恥ずかしさを押し殺して書かせてもらうと、もう本当に彼らは、キラキラして見えたのだった。
結局、3年生は準決勝で負けてしまった。あと一歩だった。
その後の集合で、顧問と保護者がが泣き、
二年生は唇を噛み締めていた。
この瞬間より、僕はこの人たちのようになりたいと、きちんと心から入部できたよう思う。

それから、暑い夏を二度経験し、
当時の二年生だった先輩も惜しくもこれもまた準決勝で敗れ引退し、(なぜかこの時は号泣した)
自分たちがレギュラーとして、インターハイ予選を戦うころには、
寝ても覚めてもハンドボールという心身になっていた。
親も息子の部活にガチはまりしていた。

暑い夏が来ると部活をやっていたころを思い出す。
大学でもハンドボールの誘いを受けたが、その後の僕は演劇をしている。
寝ても覚めても演劇のことを考えている。
あの頃のチームメイトは今頃どうしているだろうか。

そんなことを考えていた矢先、一通の案内状が送られてきた。
それは、当時のチームメイト、ケーシの結婚式のお誘いだった。
とんでもないヤツで、三年間、苦楽を共にしたケーシが結婚する。
そういえば、あいつのミスで何回も代わりにビンタされたことがあったな。
俺よりもハンドボールに取り憑かれていたヤツだったな。

八月のとんでもない猛暑と思われる時期に
彼は結婚式を挙げる。
こんな時期に顔を合わせたら、夏合宿のことを思い出しそうだ。
いや、なんだか思い出してみたくなってきた。
ケーシ、結婚おめでとう。
現在では、飲んだくれで服飾を売りさばく凄腕営業マン、グッチ(当時のキーパー)と
駆けつけるよ。

時間があったら、少しだけ、ハンドボール談義に付き合ってね。
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by t-pal | 2011-07-04 14:44
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